生活感。

後で読み返すと恥ずかしくなるような日記です。

少しアホな方が人生生きやすい説

 

以前同じサークルの同期だっためちゃくちゃ頭の良い男の子がツイッター

「死にたいけど死ねない」等のツイートを頻繁にしていて心が痛くなる。

 

きっとこの世界の矛盾や理不尽にとても敏感なのだと思う。

そしてツイッターで多くの人に発信しているのは孤独を感じているからだと予想する。

誰かに自分の存在に気付いてほしい、と訴えているように私には見える。

 

ただ、ツイッターでつぶやかれたその暗くて重い言葉に返信できる人は少ない。

 

 

彼と一緒にサークルで活動していた時は、彼は口達者でサークル内の流行語を次々と生み出し、複雑な問題の解決策もすぐに見つけられる頭が切れる人だった。

ただその反面、頭の切れない人に対する対応が厳しい時があった。私もしばしばその対応を受けた。

 

冷ややかな視線、嘲笑、吐き捨てられた正論。

 

思うに彼はその厳しい対応を彼自身にもしてしまっているのではないかと思う。

 

誰にだって自分の行動を後から考えてバカだなと思うことはあるし、

理不尽を目の当たりにすることもある。

 

そこで人一倍敏感な感性を持つ彼にとってこの世界は生きづらいものだろうなと想像する。

 

だけど、私はそんな完璧じゃない自分も完璧じゃない世界も許してあげたらいいのになと思う。

 

自分の行動、容姿、性格、全部ありのままを認めてあげてほしい。

理不尽な世界は私もちょっと許し難いけど。

何か失敗があっても、そういう所も含めて「私」だよな〜と軽く受け止められるアホさを持ってほしい。

 

きっと整形をすることや性格を枠にはめることは本当の解決にはならない。

 

 

今日も彼のツイッターは動きだす。

私は何もできずにそれを眺めている。